住吉神社

月刊 「すみよし」

「吉田松陰の『士規七則』」
宮司 森脇宗彦

今年のNHKの大河ドラマは「花燃ゆ」である。吉田松陰(天保元年・一八三〇〜安政六年・一八五九)の妹で久坂玄瑞の妻・文を主人公としたものだ。幕末の動乱期を生きた女性である。

文の兄吉田松陰は、萩に生まれ、十一歳で藩主の前で『武教全書』を講じ偉才と賞せられた。

多くの著作があるが、吉田松陰の精神がわかりやすいのは「士規七則」である。

士規七則は、下田事件でとらえられ、萩の野山獄に幽閉中に従弟の玉木彦介に元服の祝い(十五歳)に贈ったものだといわれている。安政二年一月松陰二十六歳のときである。のちには、私塾「松下村塾」の規則として扱われ、高杉晋作、久坂玄瑞、伊藤博文、山県有朋など幕末、明治維新の志士たちがこの塾から育ったことはよく知られている。教育者松陰として高く評価されている。

私が、この「士規七則」にであったのは学生の時である。熱い夏であったと記憶している。大阪の河内にある千早赤坂村の「存道館」(平泉澄博士の命名)で講義を受けた。吉田松陰のもので最初の文献との出会いであった。先哲遺文の中でも最初の扱いであった。最初の講義のあげられるわけは、その内容から窺うことができる。まずは人間として、そして日本人としてのこころの持ち方が書かれている。講義においては松陰先生と尊称をもって講義された。それだけ尊敬できる歴史上の人物ということもできる。

原文は漢文である。書き下し、訳は広瀬豊著『吉田松陰の士規七則』(国書刊行会)による。士規七則 吉田松陰

冊子(さっし)を披繙(ひはん)すれば、嘉言(かげん)林のごとく、躍々(やくやく)として人に迫る。顧(おも)うに人読まず。即(も)し読むとも行わず。苟(まこと)に読みてこれを行わば、則ち千万世(せんばんせい)といえども、得て尽くすべからず。噫(ああ)、複(ま)た何をか言わん。然(しか)りといえども知る所あり、言わざること能(あた)わざるは人の至情(しじょう)なり。古人これを古(いにしえ)に言い、今、我これを今に言う。またなんぞ傷(やぶ)らん、士規七則を作る。

(書物にあふれる偉大な言葉は、人の気持ちを奮い立たせる力がある。しかし、今の人々は書を読まず、読んでも実行しない。もしもきちんと読んで実行したならば、千万世といえども受け継ぐに足る偉大な教えがある。ああ、何をか言うべきか。

そうは言っても、良き教えを知れば、どうしても伝えたくなるのが人情である。だから古人はこれを古に述べ、私は今これを述べる、また何を憂えることがあろうか。ここに「士規七則」を作る。)

一、凡(およ)そ、生まれて人たれば、よろしく人の禽獣(きんじゅう)に異なるゆえんを知るべし。けだし人には五倫(ごりん)あり、しかして君臣父子を最も大(おお)いなりとなす。ゆえに、人の人たるゆえんは忠孝を本となす。

(一つ、およそ、人として生まれたならば、人が鳥や獣と違う理由を知らなければならない。思うに、人には、人として守るべき五つの道理があり、そのなかでも君臣と父子の関係が最も重要である。ゆえに人が人であるための基本は忠と、孝である。)

一つ、凡そ、皇国(こうこく)に生まれては、よろしくわが宇内(うだい)に尊きゆえんを知るべし。けだし皇朝(こうちょう)は万葉(まんよう)一統にして、邦国(ほうこく)の士大夫、世々に禄位(ろくい)を襲(つ)ぐ。人君は民を養いて、祖業を続(つ)ぎたまい、臣民は君に忠して父志(ふし)を継ぐ。君臣一体、忠孝一致なるは、ただ、吾が国を然(しか)りとなす。

(一つ、日本に生まれたのであれば、まず日本の偉大なるところを知るべきである。日本は万世(万葉)一統の国であり、地位ある者たちは歴代にわたって責任ある禄位を世襲し、人君(じんくん)は民を養いて先祖伝来の功業を継ぎ、臣民は君に忠義を尽くして祖先の志を継いできた。君臣が一体であり、忠孝を一致して実行しているのは、ただわが国においてのみである。)

一、士の道は義より大(おお)いなるは無し。義は勇によりて行われ、勇は義によりて長ず。

(一つ、士の道において、義より大事なものはない。その義は勇によって行われるものであり、勇は義によって育つのである。)

一、士の行いは質実にして欺(ああむ)かざるをもって要(よう)となし、巧詐(こうそ)にして過(あやま)ちを文(かざ)るをもって恥となす。光明正大、皆これより出づ。

 

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