住吉神社

月刊 「すみよし」

『菊の香高き』
照沼好文

「秋の空すみ菊の香(か)高き」とは、一一月三日「明治節」の歌唱の一節である。「明治節」の当日は、この歌詞のように、必ず秋晴れのきれいに澄み、菊のほのかな香りがどこからともなく漂ってきた。家毎に国旗が掲げられ、私たち子供は和服(着物)に袴(はかま)をつけて祝賀の式に出席したことが忘れられない。終戦前には所謂「四大節」―四方拝(一月一日)、紀元節(二月一一日)、天長節(四月二九日)、明治節(一一月三日)という祝祭日があり、この「四大節」には、それぞれの祝祭日の思い出があるが、昭和二三年に、新しい「日本憲法」のもとに、旧制の祝祭日が廃止され、新たに「国民の祝日」が制定された。従来の一一月三日の「明治節」も、それに代って新たに「文化の日」と改称された。
抑々、「明治節」は明治天皇の御生誕の日を卜(ぼく)して、昭和二年に制定された。即ち、国民が挙って、「永ク天皇ノ遺徳ヲ仰ギ、明治ノ昭代ヲ追憶」申しあげる日と定められた。その制定の趣旨も、子供の頃覚えた「明治節」の歌唱にも立派に表現されている。
一、アジアの東 日出(い)づるところ
聖(ひじり)の君の あらはれまして
古きあめつち とざせる霧を
大御光(おおみひかり)に くまなくはらひ
教(おしえ)あまねく 道明らけく
治めたまへる 御代たふと

二、恵の波は 八洲(やしま)に余り
みいつの風は 海原(うなばら)こえて
神の依(よ)させる みわざをひろめ
民の栄(さかえ)行く 力をのばし
とつ国々の 史(ふみ)にもしるく
とどめたまへる 御名(みな)かしこ

三、秋の空すみ 菊の香(か)高き
今日のよき日を 皆ことほぎて
定めましける 御憲(みのり)をあがめ
さとしましける 詔勅(みこと)をまもり
代々木の森の 代々とこしへに
仰ぎまつらん 大みかど

右の歌詞を口唱していくと、明治天皇御一代の御治績が見事に称(たた)えられ、外つ国々にまで御稜威(みいつ)の及んでいる御聖徳の偉大な御姿が浮んでくる。そして、国民は「代々とこしえに」そのご聖徳を敬仰申しあげたいと結んだ見事な歌唱である。
しかし、先に述べたように、終戦後昭和二三年に「明治節」は廃止され、それに代って「文化の日」が「国民の祝日」として制定された。「文化の日」は、戦後の「日本憲法」に表現された「平和と自由の愛」という理念を、文化的な活動をとおして促進することを目標とした日と制定されたという。(講談社版、英文『日本大事典』)
ともかれ、日本憲法のもとに、昭和二三年に制定された「国民の祝日」、或いは昭和四一年に新たに加えられた祝日には、あまりにも日本の歴史、文化、伝統をはなれた日の多いことに気づき惜しまれるが、これらの「国民の祝日」が、真に日本の精神風土に根をおろすのは、いつの日であろう。

 

『デューク・エイセスが歌う「女ひとり」』
風呂鞏

地球温暖化から来る異常現象の一つなのか、今年は殊のほか残暑が厳しく長く、何時本格的な秋が到来するのか、果たして本当に秋はやって来るのか、と本気で危ぶむ声も多かった。しかし嬉しいことに、「暑さ寒さも彼岸まで」という言葉に偽りはなく、九月下旬になると朝夕優しい風が吹き始めた。広島県北の山々からは、風の中で頭(こうべ)を垂れ、月光に輝く芒(すすき)の映像が届いた。やがて街中を散策していても、頬を撫でる涼風に『古今和歌集』に載る有名な歌である「秋来ぬと目にはさやかに見えねども風の音にぞ驚かれぬる」(注一)が実感される好い時節となった。
秋といえば、味覚・読書は無論であるが、何と云っても紅葉狩りが一番である。安芸の宮島の紅葉の見ごろは何時であろうか、広島市西区の三滝寺はどうか、三原市の仏通寺へは何時行こうか等々と想いは膨らむばかり。そして今年こそは思い切って京都を訪ねてみるかと、早くも頭の中は渓谷に紅葉の美を求めている自分の姿を思い描き悦に入ってしまう。

ところで、秋の歌を人気投票で選ぶと、先ずは、さだまさし作詞・作曲、山口百恵が歌って大ヒットした「秋桜(コスモス)」であろうか。唱歌の「里の秋」、「もみじ」、「旅愁」などに懐かしさを覚える人もいよう。筆者の場合はこれらの他に、イベット・ジローが歌った「枯葉」、トワ・エ・モアの「誰もいない海」、それにナット・キング・コールの「スターダスト」が好きだ。“秋”と聞くと、この三曲のメロディーと歌詞がたちどころに脳中に去来する。そして今一つ、デューク・エイセスの「女ひとり」が忘れられない。
昭和四〇年三月、作詞家永六輔、作曲家いずみたく、男性四重唱のデューク・エイセスが歌うご当地ソング「にほんのうたシリーズ」が始まった。そして五年間で、日本全国四十七都道府県すべてを網羅、合計五〇曲という超大作シリーズとなった(注二)。一人の作詞家と一人の作曲家が完全に旅人の立場で作った、バラエティーに富む内容だが、シリーズの中でも人気ナンバーワンは、何といっても京都の歌「女ひとり」ではあるまいか。

秋の京都、その京都の紅葉への想いが強かったからか、図らずも何処からか、妙なる琴の音で始まるデューク・エイセスの歌「女ひとり」が聞こえて来た。久しぶりに聞く「女ひとり」だが、都会の喧騒から隔絶した静けさの中で、秋の空を深紅に染める京都の紅葉模様が頭に浮かんで来て、旅情を掻き立てられる。一番の歌詞は次のようになっている。

京都 大原 三千院
恋に疲れた 女がひとり
結城に塩瀬の 素描の帯が
池の水面に ゆれていた
京都 大原 三千院
恋に疲れた 女がひとり

初めの二行と最後の二行が同じ文句(A)、真ん中の二行だけが違う歌詞(B)で、ABAという歌詞構成はいかにも覚えやすい。二、三番は省略するが、一番の大原・三千院に対して、二番は栂尾・高山寺、三番は嵐山・大覚寺が登場する。これらは洛北・洛西を結ぶトライアングルで、ガイドブックにも載る、伝統ある三つの寺院だ。歌の舞台はまさに紅葉を誇る名所中の名所として名高い。
大原は、歴史的にも惟喬親王の哀史の悲境を想わせ、三千院には作家井上靖もその美しさを「東洋の宝石箱」と賞讃した名庭有清園がある。京の三尾の一つ栂尾・高山寺は鳥羽僧正の鳥獣人物戯画など数多くの文化財を所蔵しているが、建礼門院徳子が受戒した明恵上人によって再興された真言宗の寺院である。余談ながら、美男の明恵上人は恋愛が修業の妨げになるとの理由で、自ら右耳を削り取って醜面にしたと伝えられている。大覚寺は三筆の一人とも言われた嵯峨天皇ゆかりの寺である。近くには「名月や池を巡りて夜もすがら」と詠まれた秋の嵯峨を代表する名勝、大沢・広沢の観月池もある。

デューク・エイセスが歌う「女ひとり」は、我々をこれら歴史的にも由緒ある紅葉の名所に案内してくれる。案内役は失恋した一人の女性である。落葉樹は霜や時雨のたびに染まり、凋落前の美しさを見せてくれる。一方この女性は人生の華である恋に疲れて消沈しつつも、節度と気品を保っている。大原では、重要無形文化財で伝統的工芸品の高級絹織物「結城紬」と「塩瀬羽二重」、栂尾では、奄美大島産の絣織「大島紬」と西陣の「綴れ織り」、そして嵐山では、新潟県魚沼市塩沢産の「塩沢絣」と「名古屋帯」を着用している(注三)。和服の彼女が佇むのは、影が水面に映る池の端、落葉に濡れた参道の石畳、滝の音が聞こえて来る小径であり、言語に絶する奥ゆかしさ、上品さがいやが上にも醸しだされる。

日本人のDNAには、自然の景色およびそれと一体となった人工美、そこに歴史的な要素、季節感に伴う色と音を配し、凋落の前の美しさなどをも含めて複眼的にその美しさを堪能し、楽しむという接し方、生き方がある。この「女ひとり」という歌には、ABAのフレーズ構成や“ヨナ抜き”の工夫のほかに、歌詞の中に、日本人のDNAを満足させる要素が巧みに配されている。日本の美、京都の秋を歌った名曲としていつまでも大事にしたいものだ。

(注一)約千百年前に誕生したわが国を代表する歌集『古今和歌集』の巻第四「秋歌上」の最初に載っている。有名な藤原敏行朝臣の歌で、「驚く」は“気づく”の意である。
(注二)広島県の場合は、「伝説の町」という歌が「にほんのうた」第四集にある。
(注三)着物の生地は紬、縮緬、羽二重の三つである。織物の名称には地名がよく使われる。紬の中でも結城、大島、塩沢は特に有名である。

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