住吉神社

月刊 「すみよし」

『元老伊藤公の信念』
照沼好文

この数カ月間、「アジアは一つなり」と、東洋のルネッサンスを念願しつづけた天心岡倉覚三(一八六二―一九一三)について、天心の思想や行を中心に学習してきた。その中の副産物として、明治の政治家である元老伊藤博文公の人格的魅力に接する一場面があったので、それについて紹介してみようと思っている。伊藤公の信念、或いは気概をみれば、現代の政治家の気質とは、非常に懸隔(けんかく)するところのものに気づいたからである。

偶々、岡倉天心は明治三十七(一九〇四)年二月に、横山大観、菱田春草、六角紫水の門下生の三人を帯同して、横浜港から米国・シアトル航路の伊予丸に搭乗して、渡米の途に就こうとしていた。この時、日本は世界最強の帝政ロシアとの間に戦端を開き、同年二月十日には、日露開戦の宣戦大詔が渙発(かんぱつ)された。こうした緊迫(きんぱく)した情勢の折に、まさに天心一行は、米国に向って船出しようとしていた。

この伊予丸に同乗の船客日本人は、約百三十名ほどであったというが、計らずもその中には、今回の日露開戦に当って、日本の国際的立場を、有利に展開するための大命を受けて、英国に赴く男爵末松謙澄(すえまつけんちょう)の姿が見えた。船内は、多数の朝野の名士が末松特使を見送りに来ていたが、出帆間際に、末松特使の岳父である元老伊藤公が、急遽駈けつけた。暫く、末松特使の室で密談した伊藤公は、日本人乗客全員を上甲板に集めて、一場の演説を行なった。

伊藤公の演説の内容は、大体つぎのようなものであった。

日露両国が戦端を開始した以上、宣戦布告を見るのも、間近いことでしょう。これから、諸君が渡つて行こうとしている太平洋上には、露船が頻りに出没するという噂さであるから、たとえ商船とは云え、本船が無事にシアトル港に到着できるか、どうかは甚だ心もとない次第である。しかしながら、今は内地に留る我輩とても、決して安泰な位置にいるのではない。不幸にして、この船が太平洋の藻屑(もくず)となるような日があったら、その時には、伊藤の屍(しかばね)も朝鮮半島の土と化しているかも知れない。

いずれにしても、我々は皇国の民草である。有史以来の大国難に処して、生くるも死ぬるも、日本人としての真骨頂を忘れないように。――(演説の大意)(1)

このように、伊藤公は世界最強国の露国を相手に開戦した日本がいま、国家未曽の大国難に直面していることを述べ、そしてこの非常事態に処する覚悟を促している。それと同時に、国家の安危を一身に背負って立つ宰相伊藤公の信念と気概とが、ひしひしと伝わってくる。

以前、『伊藤博文伝』を公刊した政治学者中村菊男博士は、明治の政治家と昭和の政治家との違いを、こう述べている。

(昭和の政治家と違って)明治の政治家のほうが国家の問題について、より真剣であったということである。明治においては、政治家個人と国家との間には、間隔が比較的すくなかった。…明治の政治家は自分たちのつくった国家であるという意識が強烈であり、国家そのものに対する愛情が深かったといえる。…(一八四頁)(2)

果して、今日における為政者の国家に対する愛情、或いは国家観は、どのようなものであろう。

[註](1)清見陸郎著『天心岡倉覺三』(筑摩書房・昭和二〇年一月二〇日刊)、二四四頁―二四五頁参照。

(2)中村菊男著『伊藤博文』―『日本宰相列伝』1‐(時事通信社・昭和六〇年一〇月一日刊)

『ゲゲゲ旋風(フィーバー)』
風呂鞏

手元に平成十五年二月五日付の『日本海新聞』がある。「八雲が見た境港がここに」(副題:元市史編纂委員の浜田正春さん 記述実証の写真見つける)と題する記事が載っている。

明治三十年頃の境港の光景を撮った古い写真だが、八雲の泊まった香川旅館がはっきりと映っている貴重な写真の発見を報じるものである。

小泉八雲(一八五〇〜一九〇四)は、熊本の第五高等中学校に赴任した翌年、一八九二年の夏、セツ夫人を伴って関西から念願の隠岐旅行を果たした。七月十六日に熊本を出発して、九月十日に帰宅する、約二カ月に及ぶ長旅であった。八月九日早朝、境港に着き、翌十日、隠岐丸に乗って二週間の隠岐旅行に出発した。境港での宿泊先が香川旅館なのである。

さらに『日本海新聞』は、次のような二人のコメントも併せて載せている。浜田さんは「港や社会が開けていなかった時代。八雲は未開発地だと思ったかもしれません。でも、心に響くものがあったからこそ、書物に記したのでしょう。」と述べ、八雲のひ孫、小泉凡さんは「記述の表記と写真を重ね合わせると、描写の細やかさや正確さもわかり、当時の雰囲気も偲ばれる。」と評価している。

八雲は旅館から見た港町について、『知られぬ日本の面影』所収の「伯耆から隠岐へ」の章で、次のように描いている(銭本健二訳)。

出雲の高い陸地と伯耆の低い海岸線の間の入江をなす港は美しい。嵐から完全に囲われて、最大級の汽船以外、みんな入れるだけの深さがある。船を屋並みにつけて停めることができ、港には小舟から新造の汽船まで、あらゆる種類の船が、いつもひしめいている。(中略)忙しい埠頭や、その向こうに出雲の山並みが空を背に巨大な緑の大波のようにうねっている。光輝く入江の全景を眺めるという便利さがあった。まことに見るものみな楽しみであった。汽船やいろいろな帆船が宿屋の前の二、三尋のところに停泊し、裸の船人足たちが、独特のやり方で、荷積みや荷降ろしをしていた。

八雲は隠岐からの帰途にも二度、香川旅館に宿泊。最後の九月五日の夜は漁師たちの勇ましい盆踊りを見た。同旅館は大正時代中ごろに廃業。海岸際にあった敷地には現在、まるか商事の漁具店舗が建っている。

その境港がいま沸きに沸いている。勿論これは、漫画家・妖怪研究家の水木しげるさんが一九二二年この地で誕生したからである。彼の『ゲゲゲの鬼太郎』を初めとするマンガ作品の人気の高さは、今ここで云々するまでもない。そして、JR境港駅から八百メートルの水木しげるロードには、「鬼太郎」や「ねずみ男」等、彼の作品の人気キャラクターを模ったブロンズ像一三九体が並んでおり、水木しげる記念館もある。

水木しげるさんは、戦時中ラバウルで左腕を失い、戦後いろんな職を転々としながら、紙芝居を描き始め、貸本マンガに転じて人気作家となった。水木しげるさんには、少年時代を綴った『のんのんばあとオレ』(ちくま文庫)という作品があり、彼がお化けや妖怪などの住む、目に見えない世界に興味を持つに至った経緯が詳しく語られている。『湖都松江』(二〇〇四年八月号)の巻頭随想で「小泉八雲チャン」と呼びかけた水木しげるさんだが、この『のんのんばあとオレ』を読むと、水木しげると小泉八雲とが二重写しに見えてくる。

私が生まれて育ったのは山陰地方の鳥取県境港です。境港は宍道湖とその続きの中海という塩水湖が日本海へ出るところにある港町です。水路を隔てるとすぐ島根県で、島根県は古くは出雲の国といって、古代からの伝承が豊かな土地です。出雲大社などの歴史上興味深いところが沢山あります。明治時代に、ラフカディオ・ハーンというイギリス人が、日本民話に関心を持って松江に住みつきました。ハーンは、日本民話のうちでも不思議な話を好み、『怪談』という本を書きました。日本女性と結婚し、名前も小泉八雲と日本風に改めましたが、この八雲というのは、出雲のことを歌った古い和歌からとったものです。

記憶にも新しいが、出雲大社の大遷宮やNHKの連続テレビ小説「だんだん」の効果で、島根県の観光客が過去最高になったのは二〇〇八年のことである。

水木しげるロードを今年訪れた観光客は二五〇萬人を突破し、やがて三〇〇萬人到達も夢でないという。云うまでもなく、大好評の連続テレビ小説「ゲゲゲの女房」の波及効果である。水木しげるさんと安来市出身の妻武良布枝さんとの夫婦愛を中心としたこのドラマは、おおらかな魅力を持つヒロインが、極貧の生活を乗り越え、夫と一緒に幸せをつかむ姿が印象的に描かれている。

脚本担当の山本むつみさんは「物質に恵まれるとか、豊かであるということとは違う意味での幸せを描いていければいいと思っています」と語っていたが、生涯を通じて、社会の底辺につつましやかに暮らすcommon people (常民)を描いた八雲の心に通底するものと評してよいであろう。十一月には水木夫妻を描く映画も予定されているそうだ。

連続テレビ小説「ゲゲゲの女房」は、九月二十五日に大団円を迎えた。その三日前には、中国新聞の「天風録」欄が「水木しげるロード」のことを取り上げている。その中で、布枝さんが自伝に書いた「自分が選んだ道をひたむきに生きていれば、来るべきときが必ず来る」という言葉を引用している。噛みしめたい言葉ではあるまいか。

水木ロードには、寄り添う水木夫妻のブロンズ像(これも何となく八雲と妻のセツを想わせる)が建った。「ゲゲゲの女房」のテレビ放映に合わせてお目見えしたものだが、夫婦円満の御利益もあるとかで、詣でる人が激増し、格好の記念撮影スポットとなっているらしい。

「怪談」は今や女性と子供を巻き込み、町おこし(地域活性化)にも繋がっている。

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