住吉神社

月刊 「すみよし」

『靖国ー知られざる占領下の攻防ー』を読む
照沼 好文

平成一三(二〇〇一)年、小泉純一郎氏が「終戦の日の靖国参拝」を公約に、内閣総理大臣に登場して以来、小泉元首相の“ 八・一五参拝” をめぐって靖国問題は、俄に沸騰した感がする。こうしたなかで、当時小泉元首相が靖国神社を訪れるたびに、とくに日本と中国・韓国との政治、外交をめぐる問題は、異常なほどに鋭敏に反応した気憶が甦ってくる。

戦後とく                戦後とくに、事あるごとにその渦中に置かれたのは、靖国神社であった、いま「靖国神社とは一体どんな神社なのか」─と、その根本が問われて来ている。たとえば、NHK取材班の中村直文氏の著『靖国─知られざる占領下の攻防─』(NHK出版・二〇〇七年六月二五日刊)は、つい最近発行された図書であるが、多くの示唆にとんでいる。

とくに、本書は、日本・米国で新たに発見した膨大な資料、関係者の証言から、戦前の旧日本陸海軍の管理下にあった靖国神社が、戦後一宗教法人として存続した謎に迫った所謂「知られざる占領下」の靖国神社を描いた戦後史として注目されるが、さきに本書は平成一七(二〇〇五)年八月十三日、本書と同じタイトルでNHK報道スペシャル番組で放映されている。その後「戦争や靖国の実態を知らされない世代が増えている中で、果敢に問題に取り組んだスタッフの姿勢と成果に敬意を表する」という理由で「第五回放送人グランプリ二〇〇六特別賞」を受賞している。(本書、三三七頁)

ともあれ、第二次世界大戦に敗れた日本は、米国を中心とする連合国による占領統治が始まり、明治以来築き上げて来た国家の枠組みの一八〇度の転換を余儀なくされた。この国の命運と同じく、靖国神社も創建以来最大の存亡の危機に見舞われた。しかし、米国内ではすでに昭和一八(一九四三)年、まだ日米が太平洋で激しく戦っていた時期に、米国務省は靖国神社の閉鎖について議論していたという。(本書、七頁)そこで、著者は「アメリカは靖国神社の何を危険視し、なぜ廃止を検討したのか。占領中、戦勝国としての強大な力のもと、天皇制を変革し、軍隊を解体し、戦犯を裁き、憲法を改正したアメリカは、結果的に、なぜ靖国神社を残したのか」(同上)、といくつかの疑問を述べている。

さらに、終戦から六一年目の平成一八年八月一五日、占領下を生き延びた靖国神社は、小泉元首相の 八・一五参拝 という新たな歴史を刻んだ。国の内外にニュースが報じられると、神社を訪れる人はその数を増し、一日で二五万人を数えたという。(同上)著者は、当日の一瞬を捉えて、このように述べている。(靖国神社『靖国 知られざる占領下の攻防』より)

正午を告げる時報が鳴り響くと、一分間の静寂が訪れ、拝殿に向かい老若男女が黙祷した。参道の特設テントでは、戦没者追悼の集合を行っていた団体が「海ゆかば」を合唱し始めた。(中略)参道に朗々と響き渡るその歌に耳を傾けながら、私は六一年目の歳月が流れても、靖国には戦前・戦中から現在の日本へと脉々と受け継がれてきた何かが、確かに存在すると強く感じていた。(同上、八頁─九頁)

しかし著者は、戦後靖国神社の「最大の“支持母体” であった貴族の高齢化、「終戦時に生まれた遺族でさえすでに還暦」であり、「戦没者の親・妻・子といった直接的な関係をもつ遺族の減少を止めるすべはない」(同書、二五七頁)と率直に考えを披歴している。一方、靖国神社現在、インターネットを通じて若年層の崇敬者拡大に力を入れている現状を伝え、かつこう述べている。

戦場を知る元軍人や、肉親を失う痛みを経験した遺族たちとは異なり、戦争を最も離れたところから “理念的” に靖国神社を支えようとする若者たち。彼らが支持の中心になる時代が来るとすれば、そのときどのような存在となっているのだろうか。

靖国神社の“ 本質” をめぐる占領下議論に目を向けることの重要性が、今日ほど増している時代はない、そう改めて思うのである。(同上、二五八頁)

ことしも、六二年目の八月一五日が巡ってくる。いま、私たちは戦後靖国神社が辿ったきびしい試練を忘れず、靖国の尊い神霊の加護のもと、生気漲る国家建設を目指して進みたい

 

『「松江姉様」と「縮み志向」』
風呂鞏

 

島根県ふるさと伝統工芸品の中に「松江姉様」がある。松江の絣の布地を思わせる和紙で作られた箱が店頭に飾られ、中に江戸時代から伝わる紙人形の“松江姉様”が三人揃って並んでいる。松江城ほとりの島根県物産観光館、JR松江駅、さらに京橋近くの長岡名産堂などでも販売されている。人形に添えられた製作者松崎昭子さんの説明書きに拠ると、

その昔、松江藩の御殿女中が手すさびに作り始めた松江姉様は、江戸から伝わった姉様の一つと言われます。衣裳はただ赤と緑の二色ですが、単純化された中にも、きらびやかさ、あでやかさでは群を抜いています。

廃藩後、零落士族の婦女子が内職として作り、ランプの時代までは市にひさがれ、祭りの露店に売られた紙雛です。そして幾百千人の子供達に、つつましくも華やかな夢を与えていました。

しかし、十六・七世紀的な風物を愛した小泉八雲(Lafcadio Hearn)が、この姉様を激賞し、大英博物館へ送ったように全ては過去の夢かもしれません。

子供の夢は変わったでしょうが、今ではむしろ大人の玩具として、また郷愁をさそう数少ない民芸品の一つとして、海外にも輸出し珍重されています。

八雲は明治二十四年夏、出雲大社境内の天神宮の夏祭りに出会っている。その模様を『日本瞥見記』の第十一章「杵築雑記」で詳記している。そして出雲大社の露店だけでなく、松江あたりでの観察も加えて、色々なおもちゃを紹介している。その中に松江の「姉さま人形」が加えられている。

こういう玩具の中で、私が最も美しいと思ったのは、「おひなさん」、或いは「べっぴん」ともいう小さな人形であった。この人形は、胴体は空っぽで、紙の着物を着せた平たい棒が芯になっているのだが、首が実に細工を凝らしてある。瓜実顔の切れ長な目元がほんのりと潤んで、羞らうようにうつむいて―そして、見事な娘の髪の結いぶりが、輪に結んだのや、渦巻きに結んだの、楕円形に結んだの、ぐるぐる巻きにしたの、縮らしたのなど、実に美しく、見事だ。ある意味で、この玩具は、日本の娘や花嫁の実際の髪かたちを真似てあるから、衣裳模型ともいえよう。しかし、何といてもこの玩具の最大の魅力は、「べっぴん」の顔の表情にあると思う。その顔には、言うに言われぬうら羞かしいような、愁いを含んだしおらしさが纏綿としていて、それが実際の日本の少女美の典型を、じつに髣髴させている。しかも、人形の顔はちりめん紙で出来ていて、それへ手馴れた手が、毛筆で二刷毛、三刷毛、ちょっと色をなすってあるに過ぎない。数え切れぬほどの「おひなさん」のなかに、二つが全く同じものというのは、一つもないのである。諸君が日本に暫らく滞在して、日本人の型が判ってくると、これらの人形のどれもが、どこかしらで見たことのある美しい顔を、諸君に思い出させるだろう。これは小さな女の子の玩具だ。値段は一つ五厘。(平井呈一訳)

一九八二年に学生社から刊行され、好評を博していた李 御寧(イー・オリヨン)著『「縮み」志向の日本人』が、このたび講談社学術文庫に収録された。所謂「日本人論」は戦後だけでも千冊以上に達すると言われ、その中にあって、ルース・ベネディクトの『菊と刀』、土居健郎の『「甘え」の構造』、中根千枝の『タテ社会の人間関係』など、既に人口に膾炙しているものも多数あるが、その中でもこの本は、最高傑作と評判の高い名著である。

李 御寧は「縮み志向」を、「入れ子」型(込める)、「扇子」型(折り畳む、握る、寄せる)、「姉さま人形」型(取る、削る)、「折り詰め弁当」型(詰める)、「能面」型(構える)、「紋章」型(凝らせる)の六つの型に分類して、日本文化の特質を巧みに論じている。

石川啄木の歌「東海の小島の磯の白砂にわれ泣きぬれて蟹とたはむる」を引用し、「の」の不思議から、日本特有の“意識の文法”を探る論の立て方は流石に説得力がある。

以下、その中の「姉さま人形」型(取る、削る)について著者の意見に耳を傾けてみる。

「縮み志向」で最もよく見かけられるのは、ミニチュアの型である。特殊な個人や個別的なミニチュアではなく、それが民族文化の普遍的な現象として現れているものを基準に考察すると、そこに“人形”が浮かんでくる。そして、宗教的な呪術効果だけでなく、玩具や玩具の審美的な機能を帯びて本格的な人形文化を形成した国は、少なくとも東洋文化圏では真先に日本を指折らないわけにはいかない。人形の中でも、日本独特なミニチュアの縮み方を表わしているのは、「姉さま人形」であろう。それは民間伝承の郷土人形であるから、民衆の文化を最もよく反映しているのである。

「姉さま人形」が姉さま人形たる所以は、その手足が省略されているという特徴があるからである。人間の形態を削りに削って単純化、簡素化している。禅思想の影響が大きいダルマも、この側面から分析できる。これは漢字の“阿”から“可”を切り捨て「ア」とする日本文字にあらわれた仮名作りの発想にも見られる。

「姉さま人形」は取って削る縮みの志向性のみならず、同時に一点集中の集約性の志向を見せる。日本の縮み文化には必ず一点集中の中心点があるが、姉さま人形は第二のファクターとして、髪にポイントを置いている。

さらに、「姉さまは後ろ姿を表に見せて飾る」と言われている。このエロティシズムに日本の美学の秘密があるといっても過言ではない。

ここに表れた「取る」(省略・単純性)、「集約する」(繊細性)、「裏で表を」、即ち単純なもので複雑なものを表わす含蓄性の美学が、言語のそれにとって代わると、芭蕉の俳句、能のしぐさ、葉と花をぎりぎりまで取り落とした一輪挿しの生け花、といったものになることを、著者の李 御寧は指摘している。

 

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