お知らせ
月刊すみよし著者紹介
~照沼好文氏~
昭和三年茨城県生まれ。元水府明徳会彰考館副館長。
著書『人間吉田茂』等多数。昭和六一年「吉田茂賞」受賞。
~風呂 鞏氏~
早稲田大学大学院卒、比治山大学講師
月刊 「すみよし」
『六月祓』
照沼 好文
青葉若葉の薫る六月は、なんと気まぐれな「曖昧な印象」の月なのだ。俳人の飯田龍太は「輝かしい五月と、炎暑にはさまれたこの月は、どこか曖昧な印象、黒南風(はえ)と称する雨気を含んだ陰湿な風が吹いて、梅雨入りの知らせが南から次第に北上して日本全土をつつむ。しかしまた、麦秋(ばくしゅう)から一気に田植えの最盛期に入り、天地化育を示す姿はさかんな眺めである。田園の生活と、都会生活者の実感がここでハッキリと分かれる。詩情もおのずからそれに従って明暗強弱を示す」と述べ、感受性にとむ俳人ならではの名言だ。
ところで、古くから神社の主な祭事として、陰暦六月・十二月の晦(みそか)には、一年を二季にわけ六ヵ月毎に大祓(おおはらえ)の神事が行なわれてきた。元来この祭事は来るべき新しい時期にはいる祭、即ち七月の祖霊祭の前提として、物いみが必要であったために行なわれた古来の伝統行事である。とりわけ、この六月三十日の神社における祭事には、「夏越祭(なごしさい)」、「夏越の祓」、「六月祓」(みなづきはらえ)、「大祓」などと云い、今は新暦または月遅れの七月晦日に行なわれるのが普通である。とくに、この日宮廷では、上御一人のために奉仕する御祓の節折(よおり)畢って賢所前庭における皇族のための大祓の式が斎行される。(宮地直一『神社要領』)
また、この夏越に際して、人形(ひとがた)、形代(かたしろ)などの撫物を各人の体に触れ、またこれに名前を書き、神社に納め、あるいは川に流して穢を祓っているが、全国各地には様々の祓の風習が伝わっている。例えば、九州から山口県にかけて、この牛馬を海や川にひいて行き遊ばせるが、祓は禊(みそぎ)でもあってから、九州には人が海水に浸り、身を拭う風習があり、それを牛馬にも及ぼしたと云い伝えている。全国各地の村々の社、東京でも山王神社には、この日茅(ち)の輪また菅貫(すがぬき)といって、浅茅を輪形に作り、人にこれを潜らせ祓を行なう行事がある。岡山では、これを輪越祭(わごしまつり)と呼んでいるところがある。
因みに、友人の宮崎義敬氏(現、神政連会長)の高著『忌宮―長府祭事記―』には、忌宮神社の「夏越祭」について詳しい記録が掲載されている。その中に、現在美祢市の神功皇后神社で行なっている「茅の輪」の実例があるので、この事例を参考までに紹介してみよう。
美祢市の神功皇后神社では茅の輪の右上部に「箸」と称するコウゾの皮をむいた細い幹を二本吊し、それを握って輪をくくると食欲がおとろえず夏病みしないという俗信がある。榊と同様に青々としたものには清浄感や生命力を感じさせるものがあり、それによって、身を祓い健康を祈るという素朴な信仰が生まれ、さらにこの輪をくぐれば災難をまぬがれるとか疫病除けになるという信仰が普及した。[輪の]くぐり方は先ず左足から入って左へ回り、次に右足から入って右へ回り、最後に左足から入って拝殿に進む。参拝を終っての帰りは輪をくぐらないのが普通である。
[参考文献]
○『本田安次著作集日本の伝統芸能』(第二十巻)所収 「日本の祭り」、―錦正社版、平一二年三月三〇日刊。―
○講談社版『日本大歳時記』―平成五年七月一八日刊
○本田安次監修写真集『日本の祭』―山と渓谷社・昭和四七年刊―。
○宮崎義敬氏著『忌宮―長府祭事記―』、忌宮神社・昭和五〇年一一月二〇日刊。
『縮緬本「ちんちん小袴」』
風呂鞏
戦後日本人の生活を大きく変えた風潮の中に、“消費こそ美徳である”という主張への無批判な受容がある。敗戦という未曾有の経験と混乱の中で、古来祖先から受け継いできた“もったいない”という美風をいとも簡単に破毀し、アメリカ的な生活様式を全て善とする宣伝にまんまと乗せられた、軽佻浮薄な世の流れがあった。確かに、物の需要は拡大し、生産技術は向上し、産業は発展した。日本の戦後復興が、この“消費”という二文字を崇拝することで、奇跡的に成し遂げられたのは否定できない。しかし他方では、環境破壊に始まる公害問題も発生した。人々の生命を脅かす事態が出来し、深刻な社会問題として、今日まで尾を引いていることも事実である。映画『不都合な真実』以来、地球温暖化が大きな話題となると共に、エコロジー(生態学)とか環境汚染といった言葉が連日の如く飛び交っているのも、この辺の事情を反映している。
ところで小泉八雲を読むと、現在の我々が直面するこうした事態を、既に百年以上前から彼が予知していたと思われるふしがある。一見さり気ない再話の中に、こうしたことへの警告を織り込み、心に響く言葉で我々に語りかけて呉れている。識らず識らずのうちに、我々の目を覚まさせてくれる予言者八雲の姿が、はっきりと存在するのである。
八雲は明治三十七年に他界したが、生前最後の出版物に縮緬本の「ちんちん小袴」という作品がある。恐らくセツ夫人から聞いた口承ものであろう。一八九八年から一九二二年にかけて長谷川弘文社から出版された“チリメン本”という、美事な絵入り本の五冊入りセット『日本お伽話集』の中の一篇である(注一)。
いつも爪楊枝をきちんと始末せず、そこら中に散らばしたり、畳の縁に差し込んだりしていたお姫様がいた。畳の精が夜な夜な、そのだらしないお姫様の前に、爪楊枝のお化け、つまり小人の妖精となって現れ、お行儀の悪さを、歌を歌って諌めるという話である。小人は裃を着て、髷を結い、二本の刀を腰に差している。彼等は繰り返し、“ちんちんこばかま、よも ふけ そうろう。おしずまれ ひめぎみ、やあ とんとん”と歌う。言葉は丁寧だが、お姫様を馬鹿にして、あかんべえをしている。畳はイグサで爪楊枝はクロモジの木で出来ているので、それ等が妖精となってお姫様の不作法、無駄遣いを正し、懲らしめるというわけである。(筆者要約)
この話は所謂“怪談”ではなく、子供を諭す口調で語られる妖精物語とでも言ったらよいお伽話的作品である。八雲の伝記などでも殆ど取上げられることがなく、一般にも余り知られていないが、いかにも八雲らしいアニミズム的な、あるいはエコロジーの心にも通じた思考が働いているように思える。「妖精文学」に関しては、八雲の東大における講義『人生と文学』の中に次の言葉がある。
ところで、外国文学における迷信について、私がこれ程に論証してきたのは、理由があります。迷信は、本当に価値あるものだと、確信していますが、それが、西洋のものであるという理由からではありません。迷信という考えが、西洋の詩や物語にずっと根づいてきた価値を、日本の人々も、共感できるようになって欲しいのです。その時初めて、現在日本では消滅しかかっている東洋の信仰の文学に対する価値を、きっとより深く理解出来るようになるだろうと思うからです。想像力に欠け、潤いのない実利的な人間にとって、信仰の文学は、ただの迷信であり、馬鹿げた戯言です。しかし、真の詩人、劇作家、小説家にとっては、それは全て計り知れないほどに価値あるものなのです。(池田雅之訳)
この「ちんちん小袴」という作品は、導入部にかなりの行数を割いて、畳を常に清潔にしておかねばならない理由などを述べている。この点からも、この作品が環境汚染の問題に触れていることは、改めて繰返すまでもなかろう。八雲はウィリアム・モリス(注二)の影響を受けており、そのモリスは、既に十九世紀イギリスにおける環境汚染の問題に言及しているのである。
物にはそれぞれ魂があり、それを善用しないと、その魂を傷つけることになるという、まっとうな信仰が明治の日本にはあり、大正、昭和まで残っていた。ところが戦後の安定期になって、物を使いつぶすことによって好景気を齎すアメリカ流の方式が入ってきた。こうした無計画な濫費を続けて行くと、地球の資源は涸れてしまって、地球と人間との共存が危機に瀕することは明らかだ。我々は今日、「ちんちん小袴」の小さなお化け達の警鐘・警告を、八雲の生きた十九世紀以上に必要としているのであるまいか。
フローリングを主体としたダイニング・キッチンが当たり前となった、今日の建築では、残念ながら、畳のある生活が我々の眼前から消滅しつつある。「ちんちん小袴」を幼時期の子供に聞かせてやる大人が、一人でも多く居てくれることを祈る日々である。
(注一)縮緬本に関しては、石澤小枝子著『ちりめん本のすべて』(三弥井書店、平成十六年)なる素晴らしい本が出版されている。八雲の他の縮緬本、四冊に就いても詳しい解説がある。関心のある方は是非そちらを参照されたい。石澤小枝子氏の説明を拝借すると、次のようになる。即ち、「和紙に木版で絵を刷り、そこに文字を配して刷る。それを軽く湿らせて円筒状のものに巻き、上から圧縮する。それをいったん開き、今度は直角の方向に巻き直してまた圧縮する。この行程を十数回繰返すこともあるという。これで和紙は当初の八十%の大きさになる。現在では原料のコウゾやミツマタが当時のものとは違うので複製もかなわない。こうして手間暇かけた紙が、洋紙しか知らなかった来日した外国人に非常に珍重された。」
(注二)W・モリス(一八三四-九六)イギリスの詩人、工芸美術家、社会主義者。
バックナンバー
平成27年 1月 2月 3月 4月 5月
平成26年 1月 2月 3月 4月 5月 6月 7月 8月 9月 10月 11月 12月
平成25年 1月 2月 3月 4月 5月 6月 7月 8月 9月 10月 11月 12月
平成24年 1月 2月 3月 4月 5月 6月 7月 8月 9月 10月 11月 12月
平成23年 1月 2月 3月 4月 5月 6月 7月 8月 9月 10月 11月 12月
平成22年 1月 2月 3月 4月 5月 6月 7月 8月 9月 10月 11月 12月
平成21年 1月 2月 3月 4月 5月 6月 7月 8月 9月 10月 11月 12月
平成20年 1月 2月 3月 4月 5月 6月 7月 8月 9月 10月 11月 12月