お知らせ
月刊すみよし著者紹介
~照沼好文氏~
昭和三年茨城県生まれ。元水府明徳会彰考館副館長。
著書『人間吉田茂』等多数。昭和六一年「吉田茂賞」受賞。
~風呂 鞏氏~
早稲田大学大学院卒、比治山大学講師
月刊 「すみよし」
『広島の原点、「原爆市長」を読む』
照沼 好文
年頭に、元広島市長濱井信三氏の遺著『原爆市長』―よみがえる廃墟広島の記録―を、ご子息の順三氏から頂いた。同書に添えて、丁重な順三氏の書状には、「幸い私の友人達が集まって編集を手伝ってくれたり、中国新聞が当時の貴重な記録写真を提供して下さったり、真に著者の手記と記録写真による広島の廃墟からの復興のアーカイブスとも思える原著を凌ぐ素晴らしい復刻版が出来上りました」とあった。
また、本書巻頭の「まえがき」には、この記録は、「原爆以後の広島市政についての私の手記の一部である」として、本書の出来た経緯が述べられている。
原爆が広島に投下されたときは、私は戦時生活部という部局の一課長にすぎなかったが、戦後間もなく広島市助役を命ぜられ、昭和二十二年四月の市長公選以後は、市長として中一期を除いて四期十六年間、市政を担当した。(中略)それに、戦前から一っしょに机を並べて仕事をして来た同僚や、原爆当時の市の幹部も、いまではほとんどの人が世を去ったので、適当な時期を見て、私が直接関係した事件だけでも、一応整理しておきたい、というのが私の念頭の一つであった。
と、著者は「私が直接関係した」仕事の整理と同時に、嘗て机を並べた同僚、「原爆当時の市の幹部」の方々の治績もともに記録しておきたいといい、これには鎮魂のこころが読みとれる。その上、著者は「この拙文によって、いったんは死の町と化した広島市が、どのような経路をたどって回生したか、その間、広島市民がどのような困苦に耐えたか、またどんな気持ちで、広島市民が平和を強く叫びつづけているかー」等々について、その一端でも知って頂ければ望外の幸せであると、謙虚に訴えている。
ところで、本書は、順三氏が申されるように「真に著者の手記と記録写真による広島の廃墟からの復興のアーカイブス」である。例えば、平和記念公園、百米道路、市民球場等の建設、原爆ドームの保存、或いは国立総合大学としての広島大学や、新制高校の設置等々の経緯については、本書を無視して語ることができない。(以上に列挙したほかにも、多くの事業があるが、割愛した。)
また、現代の私たちへのメッセージも窺うことができる。例えば、昭和二十五年一月十五日の広島カープの結団式における著者の祝辞では、つぎのように述べられている。
職業野球は、見せる野球といわれているが、その表現は多分に誤解を招くおそれがあると思う。あらゆる技術や芸術が、専門家によって奥義が究められてゆくように、スポーツにおいて、精神において、奥義をつかみそれを発揮することこそ、職業選手に課せられた課題でなくてはならない。それには不断の努力と苦心が必要である。その真摯な態度が、みるものを楽しませもし、特に青少年を大きく啓発するものである。従って球団は強くなると同時に、品格のある、球団として成長するように切望する。(二〇二頁―二〇三頁)
ということを著者は述べている。
この言葉は、決して職業野球の選手だけにおくられたものではなく、現代に生きる私たちみなが噛しめ、味わうべき言葉である。
とまれ、この『原爆市長』を読んで、改めて当時の濱井市長の被爆都市復興への情熱と、献身的な行動に頭が下がる思いであり、ただ感謝の念で一ぱいである。この書を原点に、これからの広島を考えてみたい。
[註]濱井信三氏著『改訂復刻版原爆市長』(平成十八年五月一日刊、非売品。全二七〇頁、記録写真二十五葉掲載。)
『小泉八雲と想像力』
風呂鞏
昨年九月の政権発足以来、安倍内閣は憲法や教育基本法の改正を積極的に取上げる方針を打ち出している。ところが皮肉なことに、教育改革を標榜した途端、小・中学校における“いじめ”問題と、高校における世界史の履修漏れが発覚するなどの不祥事が続発し、教育界に混乱が生じた。こうした誠に憂慮ずべき事態は、昨日や今日突然に出来したものではなく、ここ数十年來徐々に蓄積されてきた日本国家の恥の部分である。
明治二十三(一八九〇)年に来日し、生まれて始めて、松江で教壇に立ったハーン(小泉八雲、一八五〇-一九〇四)が、人生最後の十四年間を通して我々に見せてくれた教師像、また教育者としての識見が、すぐさまこうした現状の打開に役立つとは思わないが、教師としての八雲の生き方、主張に注目してみるのもあながち無駄でもなかろう。
八雲は松江時代以後、神戸時代の二年を除いて、熊本、東京でもお雇い外人教師として有為な若者を育てた。怪談で有名な八雲だが、教育者としての八雲の存在は極めて大きい。
彼は一八九三年四月十三日付けチェンバレン宛の手紙の中で(注一)、すべての教育の目標は、ひたすら良き父親と良き母親を育成することに尽きると看破している。想像力の教育によって、教師と学生との間に魂の響き合うような交流が持てなければ、教育の目的は達成されないとして、アミ-チスの『クオレ』を基に、「感情の教育」の価値を説き、常に学生の心に親密に語りかけたことはよく知られている。
八雲は新聞記者をしていたニューオーリンズ時代から教育問題に関心を有し、新聞記事に数編の論考を発表している。アイテム紙に載った「教育における想像力」では、歴史教育を効率よく行うには、従来型の、年代や事項を丸暗記するよりも、絵画を利用して総合的に視覚に訴える方が遥かに大きな成果が得られると述べている。すなわち、視聴覚教育の重要性、“想像力”を活用する教育の重要性を説いているのである。
絵画的なるもの、想像に訴え、想像を刺激するパノラマ的効果、歴史をそうしたもので学べば、個々の歴史的事件は生徒の記憶の中で一枚の絵となる! しかも優れた歴史家と絵描きの起用によって正確さが保障されている絵である。(中略)今日の最良の作者、最良の教師とは、無味乾燥な事実を想像のスパイスで味付けする人々であるということにもなろう。(一八七八年十二月六日「アイテム」
松江に赴任して来た八雲は、尋常中学校着任二ヶ月後の十月二十六日、早くも島根県教育会において「教育に於ける想像力の価値」と題して講演を行っている(注二)。アメリカ時代に彼が抱いていた教育に関する信念はハーバート・スペンサー(注三)の哲学・教育論に根ざしたものであったが、この考えは松江においても変わらず、想像力に重きを置く自らの教育観を語ったことは特筆すべきことである。その論旨は時代の変遷を経た現在でも充分に通用する普遍の真理を説いたものと言える。
想像力を伴わず、事柄だけを教える教育の無益を訴え、想像力つまり心の創造力の啓発を訴え、想像力の機能を生徒に育成するための方策として、教師は生徒に常に質問をさせるように指導することを提案している。
質問と答えは想像力の出発点である。「なぜ草の色が緑であるのか」「なぜ空の色は青いのか」というような子どもの問いを決して馬鹿にしていけない。五歳の幼児が偶然に発した質問でも、学者が千年かかっても解明出来ないことがある、とも述べる。
ところで昨年十一月末のことであるが、誠にタイミング良く、島根大学附属図書館小泉八雲出版編集委員会・島根大学ラフカディオ・ハーン研究会共編『教育者ラフカディオ・ハーンの世界』(ワン・ライン)と題する素晴らしい本が出版された。実に豊富な内容で、八雲を中心とする自筆書簡全九十四通(この中には、広島大学が所蔵する八雲から西田千太郎宛の書簡十五通も含まれている)の原文・図書・写真などがフルカラーで収録されている。そして書簡はすべて日本語訳付である。前八雲会々長銭本健二氏の論考「ラフカディオ・ハーンの教育観」を掲載する第一章から、八雲が島根県私立教育会で行った、例の「想像力の価値」を初めとする三回の講演の現代語訳、一昨年島根大学で開催された「教育者ハーンの軌跡」の発表者五名の論文など、重みのある論考が並んでいる。
何と言っても、八雲の教育者としての開眼は、彼の日本理解をも含めて、松江中学教頭であった西田千太郎の協力無くしては考えられない。西田も実はスペンサーについて研究していたし、八雲から西田に宛てられた書簡は百二十三通に上る。そのための島根大学所蔵の八雲自筆原稿公開であり、八雲の松江時代、特に西田千太郎との交友に焦点を当てた編集となっている。
中途で喀血しながらも、西田が通弁した八雲の講演「想像力の価値」の現代語訳を読むと、改めて八雲の教育観の深さと普遍性に頭の下がる思いを禁じ得ない。
(注一)バジル・ホール・チェンバレン(一八五〇-一九三五)は英国生まれ。明治六(一八七三)年に来日。東京帝国大学で日本語学など講義した。『英訳古事記』、『日本事物誌』などの著書がある。
チェンバレンは八雲のために就職口を探し、松江の英語教師の職を世話した。日本理解について二人は書簡中で度々意見を交換している。晩年二人の関係は疎遠になったが、当初は緊密で、八雲は日本での最初の著書『知られぬ日本の面影』をチェンバレンに献呈している。
(注二)島根県立私立教育会雑誌(島根県立私立教育会)第七〇号に掲載された。
(注三)ハーバート・スペンサー(一八二〇-一九〇三)はイギリス人。一八五八年に『総合哲学体系』の構想を発表した。社会学的進化論で著名だが、ハーンはアメリカ時代に友人の勧めで『第一原理』を読み、新しい知的生活が開けたと述べている。ハーンを東大に招聘した外山正一、そして西田千太郎もスペンサーの信奉者、学徒であった。
バックナンバー
平成27年 1月 2月 3月 4月 5月
平成26年 1月 2月 3月 4月 5月 6月 7月 8月 9月 10月 11月 12月
平成25年 1月 2月 3月 4月 5月 6月 7月 8月 9月 10月 11月 12月
平成24年 1月 2月 3月 4月 5月 6月 7月 8月 9月 10月 11月 12月
平成23年 1月 2月 3月 4月 5月 6月 7月 8月 9月 10月 11月 12月
平成22年 1月 2月 3月 4月 5月 6月 7月 8月 9月 10月 11月 12月
平成21年 1月 2月 3月 4月 5月 6月 7月 8月 9月 10月 11月 12月
平成20年 1月 2月 3月 4月 5月 6月 7月 8月 9月 10月 11月 12月